バイアグラ誕生までの研究過程
バイアグラ発売にいたるまで
ED治療薬として世界で最も知られているのがファイザー社のバイアグラです。
錠の色・形からブルーダイヤモンドと呼ばれています。
しかし、バイアグラとはもともと狭心症を治療する薬として開発が進められていたのです。
当時ファイザー社は、狭心症の治療薬を開発するために膨大なコストと時間を使い、研究開発を進めました。
そして、その研究開発のおかげで狭心症治療薬の新たな助けとなる新成分シルデナフィルの製造に成功します。
しかし、その後の開発がうまくいかず諦めてしまいます。
ですが、この時の諦めが思わぬ発見を呼び、狭心症の治療薬ではなく男性器の勃起不全を治療する薬として新たに開発されバイアグラと名付けられ販売されることとなりました。
目次
ファイザーの企業理念
バイアグラを開発したファイザー社は、アメリカ合衆国に本社を置き医薬品の研究・開発・製造販売する世界最大の製薬会社です。
革新的医薬品企業として、
「Working together for a healthier world (より健康な世界の実現のために)
Pfizer Working together for a healthier world (より健康な世界のために働く)」
をスローガンに、科学と世界規模な資源を活用して様々な恐ろしい病気に挑むための治療薬、予防薬、治療法を開発し、世界中の人々の健康寿命の延伸や生活を大幅に改善するため、世界中で研究開発に取り組んでいます。
そして、世界有数の医薬品企業として医療提供者、顧客、地域社会、行政機関などのステークスホルダーと協力し、信頼性の高い医療へのアクセスを支え、拡大しています。
血管拡張させる成分の研究
上記でも書いたように、バイアグラとはもともと狭心症の治療薬として研究開発されていました。
これまでの血管拡張作用がある狭心症の治療薬は、長らくニトログリセリンなどの硝酸薬一酸化窒素が血管平滑筋へ作用することで血管拡張を促す薬物として主流でした。
そこから、ファイザー社が新たな狭心症の治療薬の成分となる物質の模索をはじめる研究を開始したのです。
ニトログリセリンなどの硝酸薬は体内に入ると硝酸となり、代謝されて一酸化窒素を生成します。
そして一酸化窒素が生成されることで一酸化窒素の受容体であるグアニリルシクラーゼが活性化しcGMP(環状グアノシン一リン酸)を増産します。
このcGMPは平滑筋に作用し弛緩させる働きがあり、それにより血管を拡張し血液が多く流れ、心臓の負担を軽くすることで狭心症による胸痛などの症状を改善する効果を持ちます。
ファイザー社の研究者が新たな狭心症の治療薬を研究開発する時、着目したのは「cGMP」です。
cGMPに着目した理由は、狭心症などをはじめとする血管障害の原因が、cGMPを健康な人より多く分解していることだと判明したためでした。
そしてcGMPを分解する酵素、後にPDE5(ホスホジエステラーゼ5)と名付けられる酵素を発見します。
ファイザー社は、このPDE5を阻害すれば狭心症などの血管障害を改善できると考え、PDE5を阻害できる新成分を時間とコストをかけ研究し始めました。
その結果、過剰に分泌されるPDE5が阻害されることでcGMPの分解に遅れが生じ、陰茎にスムーズな血管拡張と流入を促すことで正常な勃起を実現できる成分「シルデナフィル」の製造に成功したのです。
シルデナフィルの分子構造
PDE5の阻害
PDEの正式な名称はホスホジエステラーゼ(PDE:Phosphodiesterase)といい、体内に11種類ある酵素です。
そのうちの一つがPDE5(ホスホジエステラーゼ5)で、血管平滑筋に多くの存在しcGMP(環状グアノシン一リン酸)のバランスによってその濃度を調節し分解する酵素になります。
一酸化窒素が放出されると一酸化窒素の受容体であるグアニリルシクラーゼが活性化しcGMPを増産します。
cGMPは血管平滑筋に作用し弛緩すると血管が拡張しますが、血管平滑筋には多くのPDE5が存在しています。
PDE5はcGMPを分解するだけでなく、cGMPが血管平滑筋の細胞に受け渡される数によって分解を調整する働きがあります。
そのためcGMPで血管平滑筋を刺激してしまうとPDE5が沢山放出され、cGMPを分解して壊してしまうのです。
健康な人はこのcGMPの増産と刺激、そしてPDE5の放出と分解のバランスがうまく調整できているため血管の拡張ができますが、狭心症の人はPDE5の放出が過剰になり、cGMPを健康な人より多く分解してしまうため血管の拡張ができなくなります。
しかし、新成分のシルデナフィルを服用することでcGMPを増産し刺激して、PDE5の放出と分解がうまく調整できるようにPDE5を阻害することができるのです。
cGMPの分解遅延
cGMPは環状グアノシン一リン酸(cGMP:Cyclic guanosine monophosphate)といいます。
cGMPはグアニル酸シクラーゼから生産されるセカンドメッセンジャーの役割を持つ物質です。
セカンドメッセンジャーとは、別の情報伝達物質が受容体と結合して作られる新たな情報伝達物質で、この情報伝達物質を受け取った細胞の代謝や変化に影響を及ぼすものです。
それだけではなく、グリコーゲン分解や細胞のアポトーシスなどを調整、そして平滑筋の弛緩にも関わっています。
そのためcGMPは平滑筋細胞内の受容体と結合・活性化して平滑筋を弛緩させ、血管拡張を起こしますが、狭心症の人はcGMPを分解する酵素PDE5をグアニル酸シクラーゼから生成されるcGMP以上に放出して余分に分解してしまう傾向があります。
それによってcGMPがどんどん分解されPDE5が優勢になり、血管拡張が起きにくくなってしまいます。
しかしシルデナフィルの効果によりPDE5を阻害して、放出するスピードを落とすことでPDE5の働きを抑えるのです。
そうすることでcGMPを分解するスピードが落ち、cGMPがどんどん平滑筋細胞内の受容体と結合・活性化し血管の拡張を促します。
血管拡張作用
シルデナフィルはPDE5を阻害し、cGMPの分解を遅延させることで平滑筋を弛緩させ血管の拡張をおこないます。
この平滑筋は消化器や呼吸器、泌尿器、生殖器、血管などの壁にあり、緊張の保持と収縮を司る筋肉です。
不随意筋の一種あるため自分の意志で動かすことはできず、無関係に働く部位です。
そして、この平滑筋が伸び縮みすることで血管が拡がります。性的興奮がおさまったり時間が経ち陰茎への血流が落ちてくると、PDE5の働きによりcGMPが分解され勃起が自然とおさまってくるのです。
健康な人はこのcGMPとPDE5の働きが調整でき血管の拡張や縮小がうまくいくのですが、狭心症の人の場合はPDE5ばかりが働いてしまい、cGMPを余分に分解して平滑筋が縮んでしまうため血管をうまく拡張することができず、陰茎に血液を流しこむことができなくなってしまいます。
しかし、シルデナフィルを使うことでPDE5の働きを阻害してcGMPの分解を遅延させることで正常な血管の拡張がおこなえ、陰茎への血流がスムーズになりEDの症状が改善されます。
副作用から転じたED治療への展望
シンプルな3段階分子構造で血管拡張ができるシルデナフィルという新成分を発見したファイザー社ですが、発見後から狭心症の臨床試験をおこなうまでに、かなりの時間がかかっています。
まずは最小の哺乳類マウスを使い生体実験を繰り返し、その次に一回り大きいラット、そして人間に最も近い類人猿と徐々に実験体の哺乳類を大きくする実験を繰り返していき、生体実験の着手から十数年、ようやく成分の検証と安全性が確認され臨床試験に移ることができました。
しかし、第一臨床試験において狭心症に対する治療効果に期待ほど成果が上がらず、ファイザー社は中止を決定しました。
臨床試験の中止は医薬品に欠陥があると判断したため、本来であれば被験者達から欠陥品を回収するのですが、ここで不思議なことが起こります。
被験者達がシルデナフィルの薬の返還を拒んできて、担当者が拒む理由を問うと「この試験薬を飲むと夜の調子が良い」と予想しない答えが返ってきました。
それは、狭心症のお薬としては効果がなかった薬が、副作用として安定した勃起不全の改善があらわれていたためです。
そして、この結果を受け膨大なコストと時間が掛かったシルデナフィルをお蔵入りするのはあまりにも惜しいとの理由から、副作用であった勃起不全の改善をメインにして臨床試験を再度申請、その後の試験をスムーズに進めバイアグラとして販売することとなりました。
シルデナフィルを筆頭にPDE5(ホスホジエステラーゼ5)阻害薬とも呼ばれるED治療薬とはとは、それまで改善が難しかった勃起不全を体の内部から治療できる、革命的な医薬品といえるでしょう。
妥協から生まれた革新的新薬
それまでは治せないと言われていたEDですが、1錠飲むだけで勃起不全を治療する薬として世界に衝撃を与え驚かせたのがファイザー社のバイアグラです。
ファイザー社が創造した有効成分シルデナフィルを含むバイアグラは、世界で初めて発売された「服用タイプのED治療薬」です。
それまで注射や補助器具を使うことでしか改善できなかったEDを簡単に治療できるようになったことは、とてつもない進歩といえるでしょう。
それにより、EDの治療現場に革命を起こした医療界の革命児的とも言える薬となったわけです。
まさにアオカビから発見されたペニシリンのように、バイアグラも偶然の発見による革新的な医療薬だといえます。
参考文献
バイアグラ
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